大判例

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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)1336号 判決

控訴人

東大阪燃料こと

倉田光膽

右訴訟代理人

酒井武義

被控訴人

三洋電機クレジット株式会社

右代表者

仲井守

右訴訟代理人

白井源喜

白井皓喜

主文

一、原判決中、控訴人に関する部分を取消す。

二、被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用中、当審において生じた部分及び原審において控訴人と被控訴人との間に生じた部分は被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

サンヨークレジット奈良は、三洋電機株式会社の系列下にあるいわゆる月賦販売会社であつたが、購入者である河内サービスが、昭和五一年六月三日右三洋電機製品の取扱店(小売代行店)であるヤマト電化に対して本件ドライクリーナーを代金三六〇万円で割賦購入の申込をしたので、ヤマト電化は直ちに媒介してサンヨークレジット奈良にその旨通知し、サンヨークレジット奈良は、河内サービスの代表者後藤和明と面接したのち、本件ドライクリーナーをヤマト電化からその代金額で買取つて、右三洋電機の系列会社間のみで通用する支払券をもつてその支払をすることとして、右の申込を承諾することとした結果、結局同月一一日サンヨークレジット奈良(売主)と河内サービス(買主)との間に、本件クレジット購入契約を締結し、河内サービスはサンヨークレジット奈良に対して右代金三六〇万円、取扱手数料二七万円、支払利息七二万五九四〇円、以上合計四五九万五九四〇円から頭金(申込金)分六〇万円を控除した三九九万五九四〇円を、同年七月から毎月二五日かぎり三六回の月賦で支払うこと、右割賦代金支払のための河内サービスにおいて振出した約束手形が不渡処分を受けたときは期限の利益を失い、残賦払金全額を一時に請求されても異議なく、支払日の翌日から年利14.6パーセントの割合の遅延損害金を支払う旨約し、また、控訴人は同日サンヨークレジット奈良に対して右契約に基づく河内サービスの一切の債務につき連帯保証をした。そして、サンヨークレジット奈良は同年六月一八日ヤマト電化に対して右代金三六〇万円から頭金六〇万円分を除いた三〇〇万円を前記支払券で支払つた。ところが、河内サービスは、前記割賦金のうち合計二一一万五九四〇円を支払つたが、右割賦金支払のため振出した支払期日昭和五三年二月二五日の約束手形が不渡りとなり、同日残賦金一八七万円につき期限の利益を喪失した。その後、被控訴人は昭和五四年一一月二一日サンヨークレジット奈良を合併し、同会社の権利義務一切を承継した(右合併と承継に関する事実は控訴人の明かに争わないところである)。〈中略〉

二控訴人は、河内サービスがヤマト電化から本件ドライクリーナーを現実に購入してその引渡しを受けるものと信じて、河内サービスの本件クレジット購入契約上の債務を連帯保証したものであるところ、右ドライクリーナーの売買は、売主側と買主側とで仮装したいわゆる「から売り」であつて、現実には右商品の引渡しがなかつたのであるから、現実の売買があるものと信じてした控訴人のサンヨークレジット奈良に対する右連帯保証契約は要素の錯誤により無効である旨主張する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  河内サービスは、大阪市港区に新店舗を構えるについて保証金四五〇万円、改造費二〇〇ないし三〇〇万円の資金が必要となり、河内サービスの代表取締役後藤和明が出入りのクリーニング資材業の株式会社上田商店に右資金の捻出について相談に行つたところ、上田商店専務取締役上田良一はその協力を約し、その後、上田商店の松田常務が、前記資金捻出の方法として、河内サービスが、ヤマト電化にドライクリーナーの購入を申込んでサンヨークレジット奈良と右商品についてクレジット購入契約をするが、右商品はヤマト電化から河内サービスに現実には引渡さない手筈にし、しかも、このことはサンヨークレジット奈良には明かさないことにしたうえ、サンヨークレジット奈良からヤマト電化に支払券で支払つた右商品代相当金を河内サービスの前記店舗の必要資金に充てる方法を計画し、その頃右後藤和明及びヤマト電化経営の村田弘義も右事情を打ち明けられてこれに加担することになり、その結果、河内サービスの前記新店舗の改造工事は上田商店の指定でヤマト電化が請負うこととなつた。

2  そこで、ヤマト電化の村田弘義が、サンヨークレジット奈良に対して河内サービスからドライクリーナーの購入申込があるとしてその旨を連絡した結果、昭和五一年六月三日頃サンヨークレジット奈良から担当者の中垣伍良が、右村田を同行して、河内サービスの代表者後藤和明、上田商店の松田専務らに会つて、ヤマト電化に在庫するという本件ドライクリーナーの代金額やその支払方法について話し合い、前記のように本件クレジット購入契約の約定が成立し、サンヨークレジット購入契約書(甲第一号証の一)に代金額、支払方法等が記入されたが、河内サービスにおいて河内サービスの連帯保証人に予定している者の承諾を得てその署名押印を得るとのことで右契約書を預つた。その際、本件クレジット購入契約につき公正証書を作成することの話し合いもでき、後日河内サービスからその作成に必要な委任状や印鑑証明書を届けることになつた。なお、ヤマト電化が河内サービスに本件ドライクリーナーを引渡さない手筈になつていることはサンヨークレジット奈良には明かさなかつた。そして、河内サービスの代表者後藤和明は、その頃燃料関係の買入先である控訴人に対し、右の契約書を示して本件ドライクリーナーを月賦で購入して据付ける、間違いなく手形で決済するから安心して保証してもらいたい旨を依頼したところ(なお、その際後藤和明としては、右「から売り」の事情を明かすと保証を得られない懸念があるとして右の事情を一切明かさなかつた。)、控訴人も、河内サービスがいうとおり実際にドライクリーナーを月賦で購入するものと信じて同契約書に河内サービスのため連帯保証人となることを承諾してその記名押印を了した。そこで、右後藤によつて同月一一日頃その作成を完成した同契約書のほか、割賦代金支払のための河内サービス振出の約束手形三六通及び公正証書作成のための委任状、連帯保証人の印鑑証明書等がサンヨークレジット奈良に届けられた。

3  ところで、右契約書の契約条項によれば、本件ドライクリーナーは本件クレジット購入契約の手続完了後直ちに引渡す(但しその所有権は割賦金を完済するまでサンヨークレジット奈良に留保される)約になつているのに、ヤマト電化はかねての河内サービスとの打合せどおりに右商品を河内サービスに引渡さず、また、河内サービスも右引渡しを受けることは全く予定せず、したがつてその頭金六〇万円もヤマト電化との打合せどおり支払をしなかつた。他方、前記のように、サンヨークレジット奈良は昭和五一年六月一八日右商品代金三六〇万円のうち頭金六〇万円分を除いた三〇〇万円を前記支払券でヤマト電化に支払い、次いでその頃ヤマト電化は右に相当する三〇〇万円を河内サービスに交付し、河内サービスは右三〇〇万円を前記新店舗の保証金に充て、そして、ヤマト電化が右新店舗の改造工事を施行した。このように右商品の引渡しがないのに、河内サービスは、前記のように、サンヨークレジット奈良に対して昭和五一年七月分から同五三年一月分までの割賦金二一一万五九四〇円は支払つたものの、支払期日同年二月二五日の約束手形が不渡りとなり、以後割賦金の支払をしなくなつたが、その間ヤマト電化はもとよりサンヨークレジット奈良に対しても右商品の引渡しを請求したことはなかつた。サンヨークレジット奈良は、前記手形が不渡りとなつた後、河内サービスに残代金の支払を請求してはじめて右商品の引渡しがないことを知るにいたつた。

以上のとおり認めることができる。当審証人後藤和明は、サンヨークレジット奈良の担当者中垣伍良が、前記認定のような資金捻出の計画に事前から参加し、本件ドライクリーナーの引渡が行われないことを知つていた旨供述するが、同供述部分は、当審証人中垣伍良の供述に対比しそのまま採用することができない。

判旨右認定の事実によれば、前記割賦販売の目的物である本件ドライクリーナーは、本件クレジット購入契約の手続完了後直ちに引渡す約になつていたことは前示のとおりであるところ、売主であるサンヨークレジット奈良の右商品の引渡義務は、右割賦販売において買主である河内サービスが負担する代金支払義務と本来対価関係に立つ売主の右商品の所有権移転義務に基づくものであつて(本件においては前記のように代金が月賦払いの関係で、代金完済まで所有権が売主に留保されるものの所有権移転前に引渡義務を負うが)、右割賦販売契約の内容として表示されていたものであることが明らかであり、そして、この種売買においてはその目的物たる商品の引渡しがなされるのが取引の常態であり、右買主である河内サービスの債務について連帯保証をした控訴人としても、右割賦販売契約においては、右後藤の言明どおりその目的物たる本件ドライクリーナーの引渡しが間違いなく行われるものと信じ、このことを当然の前提として右の連帯保証をしたものであり、これが前記認定のように売主側と買主側との話合によつて右商品の引渡しが行われない右内容による「から売り」であるということになれば、控訴人としては、現実に右商品の引渡しが行なわれる通常の売買契約上の債務について連帯保証をする意思でしたのに、その実は、右「から売り」の企図する右商品の引渡のない、いわば無担保の融資金債務について連帯保証をした結果ともなるのであり、この意味において控訴人としては、結局右連帯保証契約における表示上の効果意思と内心的効果意思とが一致しない、いわゆる錯誤に基づいて本件連帯保証契約をしたものといわなければならない。そして、以上によれば、右錯誤は、右連帯保証契約においても、その契約内容として表示された事項に関するものであつて、しかも、連帯保証人たる控訴人にとつては、いわば主債務の態様についての重要な事項に関するものであり、いいかえれば本件クレジット購入契約が通常の取引形態である商品の引渡のある現実の売買であることが右連帯保証をするについての重要な内容となつていたもので、この点に錯誤がなかつたならば、控訴人のみならず、一般の人でも連帯保証までしなかつたであろうとするのが相当であるから、右錯誤は、法律行為の縁由ないし動機の錯誤にとどまらず、その要素に錯誤があつた場合に当るものと認めるのが相当である。そうすると、本件連帯保証契約は、結局その要素に錯誤があり無効といわなければならない。なお、本件クレジット購入契約には、サンヨークレジット奈良がメーカー系列会社間でのみ通用する特別の支払券でヤマト電化に本件ドライクリーナーの代金を支払い、河内サービスから代金の賦払を受けるという方法で信用を供与する関係が随伴しているものとみられることは、前示のとおりであるが、そのことの故に、控訴人において本件連帯保証契約について要素の錯誤の主張ができない筋合のものでないことは、前記一項で認定した本件クレジット購入契約の性質に照らして明らかである。

被控訴人は前記錯誤の主張は信義誠実の原則に反し許されない旨主張するところ、前記1ないし3で認定した事実によれば、本件ドライクリーナーの購入者の河内サービスは、取扱店のヤマト電化と相謀り、右商品の引渡しを受けない「から売り」の方法を利用することによつて必要資金をかく得することを意図し、このことをサンヨークレジット奈良に秘して同会社と本件クレジット購入契約を結び、同会社がヤマト電化に支払つた代金相当分をさらにヤマト電化から受領してこれを自己資金に充て、そして、右商品の引渡しを受けないままサンヨークレジット奈良に対して割賦代金名下にその支払を相当期間にわたつて継続してきたものであり、いわば自ら「から売り」の状態を現出させて右の状態を利用してきたものであるから、右事情のもとでは、本件クレジット購入契約につき、購入者の河内サービスにおいて、右商品の引渡しがないことをもつて残代金の支払を拒否すべき事由として主張することは信義誠実の原則に照らして許されないところというべきであるが、控訴人としては、前記認定のとおり、右「から売り」の行為に加担しているものではなく、その情を知らないで本件連帯保証契約をしたものであるから、たとえ被控訴人主張のように右「から売り」後相当期間経過しているからといつて控訴人が前記連帯保証契約について要素の錯誤を主張すること自体は、何んら信義誠実の原則に反するものではないというべきである。

また、被控訴人は、控訴人に重大な過失があつたから控訴人自ら右錯誤による無効を主張しえない旨主張するが、右の錯誤につき控訴人に重大な過失があつたことについてはこれを認めるに足りる証拠がなく、右主張は採用するによしないものである。

そうすると、控訴人は河内サービスの本件クレジット購入契約上の債務について被控訴人に対して連帯保証責任を負うことはないものといわなければならない。

三以上説示したところによると、控訴人に対して連帯保証契約の履行を求める被控訴人の本訴請求は、すでに右の点で失当たるを免れないからこれを棄却すべきものである。よつて、これと異なる原判決は不当であつて、本件控訴は理由があるから原判決を取消し、被控訴人の控訴人に対する本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(唐松寛 奥輝雄 野田殷稔)

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